このデータによれば、2000年から2015年の間に設立された新規VCファンド中、2010年から2014年に設立されたファンド群のネットIRRが概ね15%以上となり、総じてパフォーマンスが良好であるのがわかります。この要因関する一つの見方として、2008年に起きた未曾有の世界金融危機(リーマンショック)で2010年代前半まで混沌とする世界経済が続く時期に設立されたファンドが、相対的に割安な(適切な❓)バリュエーション水準で投資を実行することのできる環境にあった点が、総じて優れたリターンに繋がったのではないかと見られています(※本当のボトムは2008年~2010年ではないかと思いますから、必ずしも説得力があるとは言い切れませんが…)。すなわち、悪環境下がスタートアップにとってもベンチャー投資にとっても理想的なタイミングかもしれないということです。
それはさておき、今年2020年に日本を含めて一気に世界的に加速した未曾有のCOVID-19(コロナウイルス)によって、これまで比較的堅調であった国内スタートアップへの投資環境が一挙に冷え込んでしまいそうな気配です。特に、ロックダウンが発令された4月以降が正に社会全体としての焦燥感が芽生え始めた時期にあたると思いますから、これから集計公表されるであろう2020年第二四半期の数字に、資金調達の一時停止や当初の金額からの大幅減額等の何らかの影響が数字に反映されてくるのではないかと想像しています。
これは回避すべきであり、COVID-19の影響で我々の生きる社会がこれから大きく変貌を遂げようとする今こそ、スピード感を持って新しい技術やサービスが成功裏に社会実装を果たす役割をスタートアップや起業家に委託するべきであると考えます。そもそもこうした逆境の時であるからこそ、スタートアップの存在意義が試される時期なのであり、従って国としても全体的にそうした機運を高めることが大切であって、今後、官民が一体となって様々な角度からスタートアップが立ち上がらいやすい環境を今まで以上に整備していくことが重要です。
以下は、今年の第一四半期の国内主要ベンチャーキャピタルによる投資額及び前年同期比です。各フェーズごと(シード、アーリー、エキスパンション、レーター/グロース)に分けてみると、前年同期比との単純比較ではシード段階への投資が22%下落しています。一方、エキスパンション、レーターステージが大幅に伸びています。ただし、これらの数字はコロナの影響がまだ比較的軽微な時期のもの(1~3月)でしたから、実際にコロナの影響がより大きくなっていると思われるのは、ロックダウンが発令された4月以降である可能性が高いので、恐らく第二四半期の数値はさらに如実に数字に反映されている可能性が高いと思われます。ただ、これらの数字だけを見ても、昨年末から年明けにかけて次第にコロナの影響への懸念が出始めていたことを思い起こせば、不確実性要素の高いシード段階を投資を最終的に回避をしてある程度見通しの見えやすい段階に入った<エキスパンション>から<レーター/グロースフェーズ>へVCが投資を集中し始めていることが伺えます。これがあまりにも極端になってしまうと、スタートアップからの新しい事業やサービス、テクノロジーが生まれにくい環境を作りかねないと思います。
ポストコロナ社会を見据えて様々な新技術や新サービスが、スタートアップを中心に出始めてくると思います。首都圏をはじめ、全国から相次いで新しく生まれてくるであろうこれらのスタートアップが必要とする資金供給が急速に冷え込まないこと、滞らないことを願っています。なぜなら、こうした時期に生まれてくるスタートアップこそが、過去の経験則からもその後大きく伸びて我々の日常生活に溶け込むケースが多いと思われるからです。
一方、2008年9月に起きた"リーマン・ショック"前後に創業したスタートアップやVC投資に関する検証をすると、やはりこの「総悲観期」にこそ①優れたスタートアップが生まれやすく、また②ベンチャー投資のパフォーマンスが挙げられやすい環境にある、という傾向がわかります。2007年から2010年の不況真っ最中、DropBox(2007年)、Airbnb(2008年)、SlackやUber(2009年)、Instagram(2010年)等が、北米シリコンバレーを中心に誕生した時期でもあります。日本でも例えばUzabase(2008年)、ラクスル(2009年)、Wantedly(2010年)等が各々創業された時期ですね。さらに、日本の場合は東北大震災<3.11>にも直面し、我々にとっては2011年にも再び混沌とした時期を経験しますが、その頃に創業されたスタートアップといえば、創業後わずか3年で2014年12月に上場を果たしたクラウドワークスがあります。
今、With/Afterコロナなるテーマが注目と期待をされています。このテーマは、噛み砕くと結構幅広く様々な業種や技術領域に渡ります。想定されるものでは、遠隔仕事や遠隔治療で注目されるHRテクノロジーやデジタルヘルス、宅配サービスの普及化の加速に伴ってフードテック(デリバリー領域~食品保存技術、フードトレース等)やロジスティクス(ソフトウェア技術)、さらにはモビリティ(無人配達…まぁ実用化はまだ先でしょう)、それらに横断的に関わる様々な技術(AI、マシーンラーニング、ロボティックス、5G)、などなど。これほどの幅広い領域に潤沢な事業資金が賄われるためには、今こそ、ベンチャー投資に多くの余剰資金が循環されることが必要です。正にベンチャー投資の役割が大いに試される時期にあると思います。
あのY Combinatorの創始者のPaul Graham氏が2008年10月に寄稿した貴重なブログ「WHY TO START A STARTUP IN A BAD ECONOMY」でも触れていますが、不況期真っ只中だった1970年代に生まれたのが、アップル、マイクロソフト。彼らがもしも1975年に最初のビジネスに着手をせず、景気の見通しが良くまでもう数年待機していたならば、恐らく既にタイミングは遅すぎたかもしれないとの見解もあります。さらに、"So for any given idea, the payoff for acting fast in a bad economy will be higher than for waiting."(≒「どのようなアイディアであれ、悪い経済状況下で迅速に行動した際の見返りは、待っている場合よりも大きいであろう」)という言葉も納得できます。今が正にその時期にあると思いますが。
参考:
http://paulgraham.com/badeconomy.html・https://news.crunchbase.com/news/lessons-from-2008-how-the-downturn-impacted-funding-two-to-four-years-out/
果たしてこれが一過性にすぎないのか、それとも今年いっぱいはこの状態が続くのか、ここ1カ月間、米国側のシリコンバレーの比較的新しいベンチャーキャピタルファンドの運営責任者と話す限りにおいては、彼らのところに投資を受けたいと相談に来るスタートアップの母数件数が、コロナ以降は減っている感覚はあるそうです。また、彼らのような第一号ファンドを組成したベンチャーキャピタルにおいては、セカンドクローズ等、さらに追加で事業会社や金融機関等からのLP出資を募っているところが少なくない中、さすがにコロナ以降は基本的に出資の会話がペンディングとなる事業会社が出始めているそうで、こうした環境においては、自ずと新規投資も慎重にならざるを得ないのかもしれません。もうしばらくは様子を見てみる必要があります。
ところで、国内VCファンドに関する今年の第一四半期の新規設立ファンドの最新データによれば、以下の通り、事業法人と銀行、信金/信用金庫並びに保険会社を中心に320億円がLP出資を行っています。これは、全体の71.5%を占めています。2015年以降、UberやAirBnBが実証したように、従来の業界垣根や参入障壁の低下による競争環境の激化とイノベーションの加速度化してきていますが、こうした環境下、事業会社によるオープンイノベーションへの取り組みが少しづつ活発化してきています。こうした流れの一環として、スタートアップとの接点を構築する一つの手段としてのベンチャー投資ファンドへのLP出資も引き続き堅調に推移しているものと見られます。が・・・
・・・しかし、個人的にはこの事業法人による投資金額は、彼らの資金余力を考えると実に非常にまだまだ小さい数字に思えてしまいますが、如何でしょうか??
米ブルームバーグ社によれば、日本の上場企業の2019年8月末時点の関係当局への届け出に基づく手元現金は506兆4000億円だそうです。この数字は、過去最高水準であり、こうした上場企業の余剰資金を減らすことを公約の一つに掲げていた第二次安倍政権発足の2013年3月頃と比べてもほぼ3倍に膨らんでいる模様です(*)。2020年6月末現在、日本の上場企業数は3,824社ですから、単純に計算をすると1社あたり実に1,324億円という計算になりますね(**)。この数字を踏まえると、先の国内VCへのLP出資の金額はまだまだ増える余地はあるのではないかと考えてしまいます。。。
一般的に、事業会社にとって手元現金は将来の経営上の不足の事態等への万一への備えとしては有効ですが、株式市場に上場する事業会社の場合、投資家は①成長に向けた投資に回すか、②自社株買いあるいは③配当支払として株主に還元することを強く求めてくると考えられます。ゴールドマン・サックス証券の試算によれば、国内上場企業の自社株買いは2018年公表ベースで約600億ドル(約6兆3700億円)に達した模様です。一方、仏のソシエテ・ジェネラル証券によると、同配当支払いも2019年9月上旬時点で8兆4000億円と過去最高水準(当時)に上っていたようです。さらに、ブルームバーグ社によれば、国内上場企業による2019年9月時点で公表済みの企業の合併・買収(M&A)の総額は約950億ドルと、前年同期の約2150億ドルを下回っています。
これほどの余剰資金を持っているのであれば、自社株買いや無駄な備え資金であろう手元現金のうちのもう少しだけでも良いので、是非とも次世代の産業創造を担うスタートアップや起業家へリスクマネーを供給していただきたいと切実に願うばかりです。それが、マクロ経済全体の活力源となることで自社にとってもプラスとなり(ミクロ)、それが最終的には自社の経営/事業環境にもプラスに波及するというシナリオを描けると思います。
日本企業による高い現預金保有については、色々と検証もなされていますが、少なくとも、金額の多寡はさておき、もう少し日本の事業法人におかれましては、何も使用していないその余剰資金を、(M&Aや研究開発に回さないのであれば)自社の成長戦略を見据えてでも、あるいはパッシブでも良いので、これから生まれてくる(であろう)創業~シード段階を含むスタートアップにどんどん資金を循環されてほしいと思います。
国内外のベンチャー投資環境はやや減速運転状態が続く模様ですが、こうした混沌の時期であるからこそ、起業家やスタートアップへの出資が必要とされています。また、今後もさらなるベンチャー投資資金が潤沢となるよう、ベンチャーファンドへのLP出資も進むことを切実に願っているところです。
備考:(*)https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-09-02/japan-s-companies-are-sitting-on-record-4-8-trillion-cash-pile (**)https://www.jpx.co.jp/listing/co/index.html, https://100man1oku.xyz/archives/1159/#%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%B8%8A%E5%A0%B4%E4%BC%81%E6%A5%AD%E6%95%B0%E6%8E%A8%E7%A7%BB