その根拠は、我々を翻弄しようとする各種メディアや調査会社が公表する数値や"客観的なデータ"によるものではなく、むしろ、ここ米国にいるごく身近な人間関係を通じた日常的な会話や交流を通じて何となく肌で感じとる感覚的なもの("Gut Feeling")であると言えます。我々が仕事上で日常的に接するコミュニティにおいては(スタートアップ、Venture Capital、Sand Hill Road、インキュベータ/アクセレレーター、SoMA、等々)、恐らく大半が民主党支持であり、ヒラリークリントン候補支持者です(実際にそういう会話をしているから、明確にわかります)。ただ、一方では、こうしたコミュニティを少し離れた場所には、その反対の立場の人々とも身近に接するということ。筆者自身、幼少期以来サンフランシスコで30年来の付き合いのある幼馴染の友人が多くいますが、大半が地元を離れて全米各地に散ってしまって音信不通のものもいるなか、今も尚地元にいるものもいます。大半はシリコンバレーと直接かかわりを持たない面々ですが、その中には、開票前からトランプ支持であることをほのめかしていたことを覚えています(ちなみに、こんな記事も出てますね。ちなみにここに掲載されている写真の撮影場所は、背後に見えるロゴから間違いなくRunwayではないかと思われます:“Many Trump voters have been “hiding,” say San Francisco Trump supporters”‐:https://news.fastcompany.com/many-trump-voters-have-been-hiding-say-san-francisco-trump-supporters-4024443)。
その彼は、サンフランシスコという、民主党の支持基盤が歴史的に大きく、リベラル色の強い地域でベルギー移民の小さな家庭で生まれ育ち、地元の優秀なスモールカレッジを卒業して大手民間企業のローカル採用でキャリアを積み上げたのち、数年前に税理士/会計士の資格を得てからは、現在は地元の会計事務所でバリバリ勤務しています。一方、プライベートでは東南アジアの女性と結婚をし、子供にも恵まれて今尚地元で生活をする、物静かでアジア文化にも常日頃から敬意を持って興味を持ち、地元でもアジア系米国人とのコミュニティ活動を通じて交友関係も広く(アジア系移民家庭が比較的大きい地元の子供のスポーツチームの少年野球のコーチを引き受けている)、今尚筆者とはBBF("Best Friends Forever")な仲。そんな彼に代表される米国人が、今回、トランプ氏に一票を投じたわけです(メディアで誇張されるような、"南部等のもっと保守的で過激な思想を持った白人"ではなく)。
彼らは、恐らく、我々Wildcard Programが普段日常的に接するような、シリコンバレー/スタートアップ/The Next Big Thingの蘊蓄にはいわば無縁な存在であるのかもしれません。そんな彼らにとって、恐らく、エスタブリッシュメントと評される今の政治を代表する(とレッテルを貼られた)政治家に対して根底から失望をし、嫌悪し、その結果、今回の投票の結果を導いたのであろうと想像しています。無論、それ以上にもっと根深い根本的な理由や背景があるのかもしれませんが、それは我々のような外野席には容易に想像出来ないことなのかもしれません。前述の知人の場合、もう少し掘り下げて彼の家庭事情を振り返ると、アメリカの"もう一つの顔"も垣間見ることが出来ます。
彼の父親はヨーロッパからの移民として米国の地を踏み、米国中西部出身の白人の女性と結婚をしてから、50代半ば頃まで建設関係の大企業(社名は、スタンフォード大学の某学部のキャンパス施設にも寄付をする名だたる会社)でデザイナーとしてキャリアを積み上げていました。しかし、いわゆるCAD(computer-aided design)といった、もとは1960年代に発明され、1970年代から徐々に普及したIT技術が目覚ましく発展した結果、1980年代後半から1990年代にかけて、作業現場にもそうした先端IT技術がまんべんなく浸透していくことになります。それまではコンピュータに頼らない、人間によるデッサン、図柄描写で現場のエキスパートとして重宝されてきた父は次第に窓際に追いやられ、仕舞には突如解雇を言い渡され(少なくとも2度)、その後は定職につけないまま、人生の最後の方は自宅を中心にアルコールにも浸りがちな日々を送る毎日を送っていたことを思い出します。友人はまた、2人兄弟の長男ですが、中学校(アメリカでいう”Junior High School”で2学年まで)まではルックスも背丈もまるでそっくりの二人兄弟であったものの、2つ違いの次男は高校を中退することになりますが、その後いくつかのパートタイムの仕事をこなしていたものの、次第に交友関係に変化が生じ、その後アルコールやドラッグに左右されがちとなってからは、10年ほど前に幾度か逮捕・収監を経たのち、今では家族からもそれまでの学友等からも行方をくらましたまま音信不通の状態となっています(その後、7,8年前、サンフランシスコ市内にある市役所そば道を放浪する姿を偶然見かけたものの、その際、目が合ったものの、向こうが視線を逸らしてその場から立ち去ったとのこと)。
これはごく身近な具体例の一つに過ぎず、社会の一面を投影するだけかもしれませんが、現実の一端であることは確かであり、我々からはそんな彼らの怒りや不満を具体的に事細かに把握する立場にはないものの、キャピタリズムやグローバル化の波の副作用がこうした社会現象を導き出したのかもしれませんし、今回の選挙でここまで露骨に不満が露呈したことに、これから4年、8年、10年、決して小さくはない根深い課題を突き付けられたということを、感に銘じていくことが求められるのかもしれません。また、自らが信望する価値観や世界観を押し付けようとすることも、結果として醜い分断をより大きくするだけでしょうね(メディアが大好きな行為でしょうけれど)。最適な表現が思い浮かびませんが、いわば "意図せざる偽善"のような立ち振る舞いが、増悪をより掻き立ててしまうことにならないよう、人間としても、ビジネスパーソンとしても、慈悲心をもって前に進まないといけないのかもしれません。アメリカという国で起業や事業を起こそうとする場合、自分たちが向き合う社会がどういうところなのか、正しく把握することは非常に大切なことであると思われます。その国で事業を営むということは、その社会の一員として受け入れられることが第一であり、とても大切なことです。とかく、我々のような起業家支援的なビジネスを手掛けていると陥りやすいのは、身近における"ビジネス・トレンド"ばかりに心と目を奪われてしまい、また、それらに付随する知識ばかり追い求めるばかりに、その向こうに広がる”一般的な”社会・世界に全く意識が行き渡らず、その結果、世の中の求めるもの大きく乖離したものを生み出してしまうというリスクを内包しています。話の脈絡がやや逸れるかもしれませんが、日本でも今ではお馴染みのピンタレストという会社は、当初はシリコンバレーからは遠い中西部地域を中心とする一般主婦層の何気ない「オフラインな」日常の生活習慣からヒントを得て最初は始まり、その後、幾度とピボットを経た結果として、あのようなビジネスモデルが生まれたという話を思い出します。アメリカでのビジネスのヒントは、某メディア等が煽るようなトレンドではなく、少し離れた、ふとした日常の中に潜んでいるところに、異国の地から起業を起こす難しさがあり、また、それこそがだいご味であるのかもしれません。でもそのためには、日ごろから意識していないとなかなか見つからないものです。
11月9日夕方の時点で、選挙人(Electoral Vote)ではトランプ氏が290、クリントン氏が232を獲得(CNN等の主要メディアによれば)。一方、一般投票(Popular Vote)では、トランプ氏が47.5%獲得したのに対して、クリントン氏の得票率はそれを0.2%上回る47.7%であったと報道されていることは周知のとおり。歴史上稀に見るような、まさに50/50な結果であったのを物語りますね。今回の選挙で物語るのは、アメリカという広い国が今、幸か不幸か、完全に分断しているということです。これは、我々のように、米国のカリフォルニア州のサンフランシスコ近郊/シリコンバレーという、言うならば”異質/特殊な”コミュニティに属することで見いてくる世界だけで米国・世界を正確に理解していると妄想・錯覚"しがちな"立場の人間層にとっては、良くも悪くも(願わくば良い意味で)〝Wake-up Call〟であったのかもしれません。
難しい課題であり、政治学的/社会学的な観点での奥深い論評は専門外ですので割愛致しますが、ツベコベ考えず、頭や脳みそばかりで物事を判断せず、全てを「善」に捉えて前に進むことが求められているのではないかと思います。今、我々の「心」が試されているものと、この選挙結果に感じます。
‐米国
(絵柄出典: http://www.clipartkid.com/earthquake-drill-lock-down-drill-get-on-the-bus-eat-breakfast-pack-up-ZvM2VC-clipart/)